塔の山と宝篋印塔

内容が本文と重複する部分もありますがご容赦願います。

 井岡塔の腰138番地あたりを中心に比高16~17mほどの小丘が有り「塔の山」と言い、井岡寺開山当時に愛宕権現を勧請した場所とされる。
宝篋印塔はその平坦な頂上に建っていた。
寺伝には延享二年(1745年)藩主酒井忠寄が祖先の菩提のため宝篋印塔を建立、入仏供養には十四世有栄が導師となった。
翌年には制札を立て「宝塔内ニハ先祖代々御法号御座候間向矢弓引等又者石飛礫打又者昇等堅ク停止候也」と書かれたとあり、塔の山と呼ばれるようになったのはこれからだともいう。
 明治九年以降井岡寺は村民のため草刈り場として、また薯、大根等を作らせたのだったが、耕作権が生じ戦後農地解放の時には頂上塔の部分若干を除いて村民の所有となった。
 昭和四年(1929年)九月二十一日午後一時~二時半 朝香宮殿下がお成りになり、陸軍大学校の演習を統監され、大泉村村長三浦大助に「景色のよい高台故将来桜を植え、遊覧の場にする様」とのお言葉があり、村長は委細お誓い申し上げ、十一月四日 村一同で頂上を整地して桜を植え付けた。
 また、27.3mと判る二等三角点が設置されていて、見晴らしも良く 戦争中は監視所が置かれ、昼夜を分かたず飛行機の襲撃監視が行われたといい、それらしいコンクリートの土台が残っていた。


画面中央右寄りの 前方後円墳 形の所が塔の山で墳丘 前方 部分で黒く見えるのが飴嘗地蔵、耕作地にされていたため樹木はこのあたりにしか生えていなく他は禿げ山の状態だった。
塔は墳丘後円部頂上から西北西に数メートルの黒い点がそれである。北東方面に湯田川街道が番田まで直線で延びていてこの塔を山当てして作られたと思われる。

 宝篋印塔は昭和三十九年(1964年)の新潟地震で相輪などが破損、傾いたが、鶴岡市の協力で復旧した。  しかし、昭和四十二年(1970年)には宅地造成のため丘全部を切り崩し平地に変貌した。
その時に心ない業者にころげ落とされ塔本体は破損、納入品も一部を残し紛失してしまった。
 納入品は銅筒、同蓋、小仏像が認められた。落とされた時に銅筒は変形、仏像は劣化は少なかったが残ったのは本体首胴光背台座の一部で両手は欠損だった記憶がある。
他の例を見ると地鎮具や経石など地下埋蔵があり、内部にあったであろう経巻や「酒井家先祖代々法号」に関しても調査もされなかったのは残念である。
 その後、山の麓だった飴なめ地蔵(お地蔵様も3mほど後方に移動)の傍らに、やはり転げ落とされた文久元年(1861年)の愛宕大権現碑や他の石塔とともに移築されて昭和四十二年八月二十四日開眼されている。



 令和元年六月の地震で相輪がズレ落下しそうになり自治会の危険性があり不要とのことで移設するに到り、同二年六月に井岡寺仁王門前に遷座した。
筒の蓋が閉まらないままで移築時に納入された様子で、令和二年六月移設に解体し内容を確認出来たが、筒の中は土に変わっていて、僅かに光背の木部が部分的に残るのみであった。
組み立てた塔の高さは丁度5メートル。
塔身に四方佛、基礎に偈文が陰刻されている。
最下部の基壇が三段あり、趣旨や関係者の名前が掘ってある様に見えるが摩滅が激しく殆ど読めない状態である。

   
                     
北アク
 
不空成就

























               
東ウン
 
阿閦
























               
西キリク

阿弥陀


















                
南タラク

宝生


























-納入物- 銅筒 高さ 396ミリ、直径220ミリ
         肉厚 1.5 ~ 2.45ミリ
(銅筒銘文)

 藕按經意一時佛在摩伽陀國無垢園中寶光明池
 為大婆羅門無垢妙光及無量大衆説法時豊財園
 中有破壊寶塔瓦礫摧荊棘掩庭蔓草封戸是譬
 一切衆生崩倒木覺佛性為無明煩悩纏縛無佛住
 彼塔所在熟観見摧拆頻兵涙數行焉視寶塔壊
 則如來猶悲嘆况於佛子乎柳造塔功徳廣大無
 際而六能土盡豪瑞具見彼經所説固是一切如
 來大全身刹利所積聚無量威徳一切有情
 世間吉慶満焉 
(ここまでの文は一切如来心秘密全身舎利宝筺印陀羅尼経の要約)
 御城様   銀五枚
  金弐両      井岡村勧化
  同三両  發願 成 房
        取次 今野三左衛門
        隠居  同七郎左衛門
  同拾両       観音講鞠連中
             松浦安平伹中
  造塔施入十方壇主
   供養導師大願主
    大日山井岡寺十四世現住
              阿闍梨 有榮
    助願 寺田邑  圓藏院 栄春
    書記者細谷邑 寶藏寺 光岳
    筆者片貝邑   宮泉寺 宥賢
    石匠手向    五郎右衛門
惟時延享二已巳年四月二十八日
  金壱両一分  番田村 佐藤茂 内
  同貳分普銅八拾疋 遊佐郷 勧化


宝篋印塔 

宝篋とは、宝を入れる箱または籠で。印は、価値の高いことを意味し、宝篋印陀羅尼を納めた塔を、宝篋印塔と言う。

宝篋印陀羅尼

お釈迦様が、信者の家へ行く途中で、光明を放つ朽ちた塔を見つけ、その塔の貴重さと功徳を説明した、

一切如来心秘密全身舎利宝篋印陀羅尼経
(いっせいじょらいひびつぜんしんしゃりほうきょういんたらんじきよう)
に出てくる陀羅尼で、功徳は、無窮にて利益無辺、一切願を満つ。
貧窮のため服なく、食なく、命を続けられざるも、報(むくい)を滅し、富貴忽ち至る。百病万病一時に消滅し、壽命延長、福徳無尽。
悪人、地獄に堕ちるも苦を受けず極楽に至る。とされる陀羅尼である。
右周りで三辺 回って礼拝する。

仏頂尊勝陀羅(尼(ふていそんしたらんじ) 阿弥陀如来根本陀羅尼(あびだじょらいこんぽんたらんじ) と共に三陀羅尼と呼ばれ、よく使われる。

塔身は小さく 上部が外に開く笠と 基壇は大きいのでメリハリが効いた バランスのいい美しい仕上がりになっている。

高さ5.0m 基壇幅1.9m




真理の開示の経典   

一切如来心秘密全身舎利寶篋印陀羅尼経 訳


私はこう聞きました。

 ある時、仏は マガダ国の無垢という土地に出向き、宝光明池という宮殿にて、説法を行いました。
この説法会には、大菩薩衆や大声聞、天・龍・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・ 摩ご羅伽などの人非人等のほか 数えきれないほど、無量百千の者達が、世尊を取り囲み
説法を真剣に聞いておりました。
 その大衆たちの中に、無垢妙光という名の、優れた智慧をもつ大婆羅門がいました。
妙光は、常日頃から、十善を行じて、仏・法・僧の三宝に帰依して、世の中の人々が皆、不自由無く平和に暮らし、富栄えることを願い修行していた。 
その十善を行じる心はますます殷重(盛んなこと)でした。
  
 そのとき妙光は、にわかに起きあがり、仏の前に進み出でて願いをいいました。
「世尊、供養を捧げたいので 明日の朝、皆さまと共に、私の屋敷にお越し下さい。」
世尊は、黙して語らなかったが、妙光は、世尊の柔和な表情から、自分の願いが許されたことを、読み取った。
 そこで、妙光は、家に急いで帰り、家中を清掃し、百味の飲食などの明日の用意を、一夜中かかって万端を整えた。
 翌朝早く、妙光は、仏の許へお迎えに推参した。 推参ー訪問することを遜って言う語。
迎えに来た妙光に対して、世尊は、やさしい笑顔と言葉で、、労をねぎらわれました。
そして、世尊は、立ち上がり、説法会に集う無量百千衆の方を顧り見て申した。
 「さあ~皆さん、これから、妙光の邸に行き、彼の心を尽くした手厚い供養を受け、利益を得ましょう」。
 この時、仏身は、神々しく妙なる光で輝き、十方世界を、照らしだしていました。
 妙光が案内の先頭に立ち、梵天・帝釈天・四天王がつづき、天龍や八部衆たちは、世尊を護り囲み、進んでいきました。
宝光明池の宮殿を出発し、妙光の家に向かう途中に、豊財園という名の園がありました。
その園の中には、朽ち果て傾いた古い塔が、土に埋もれたままになっていました。
かなり古い塔らしく、砕け崩れ土砂に埋もれています。 その塔には、荊や蔓がトゲトゲしく絡みついています。
この様子に気づいた世尊は、木・草・を掻き分け、道なき道をまっしぐらに、その塔へ向かって走りだした。

世尊が到着すると、塔の上部は大光明の光輝き、内部からは、妙なる大日如来の声が聞こ えてきました。
「喜ばしい・喜ばしい、釈迦牟尼如来よ、本日の行いは善の極みである。又、妙光よ、大きな功徳を得たものである。」
この時世尊は、朽ちた塔に合掌・礼拝し、右に三回廻られた。
世尊は、上着を脱いで塔の上に掛け、はらはらと落涙し給われた。 世尊の涙と血は交じって 雫となり垂れ落ちた。
 やがて、世尊は、又、元の如く、にこっこりと微笑まれ、大衆たちの方を振り返り、温かい眼差しを浮かべられた。
 この様子を見ていた十方世界の諸仏は、皆涙を流した。 諸仏の流した涙は、忽、光明と化し光輝き、朽ちた塔を照らし出しています。
 満座の大衆は、この喜び極まる光輝く有様を見て、皆、口をアングリ開け騒ぎ驚いていた。そして、この大瑞光相が起きた理由を知りたいと、全員が思いました。
 この時、座中の金剛手菩薩(不動明王)が、仏のみ前へ進み「世尊、この光輝く現 象は、どういう因縁に依るのですか? 我らを憐み、我らの疑問を晴らしてください」と述べた。

世尊が告げ給う
「この塔は、一切如来の全身舎利が、ギッシリと積み集まった如来の宝塔である。
この塔の中は、一切如来の無量の肝要の法である、心陀羅尼心秘密の蔵庫である。
この塔の中は、無量百千の如来身が、胡麻の子のように、隙間無く満ちているのです。
八万四千の仏の妙法のすべてが、この塔の中に満ちています。 
つまり、この塔は、一切 如来の全身舎利そのものなのです。
故に、この宝塔のある場所は、能満一切吉慶、つまり、全てが吉慶事に満たされるのである。」

その時、仏が説いた法篋印塔の由来・因縁を聞いた大衆は皆、功徳を感応して清浄な心を得たのです。
すると、大衆の今までの煩悩が消滅し、全員が、真理を見分けられる澄んだ心の眼を、得ることができました。
 だが、大衆たちの機根は、さまざまに賢愚の違いあるため、各人の得た法果は、一様ではありません。
須陀?果という位を得た者や、斯陀含果を得た者や、阿那含果を得た者や、阿羅漢 果の位を得た者や、辟支仏の道に到達した者や、菩薩の境界を得た者など、 或は、「六波羅密」を得て、満足した者などでした。
 このように、大衆は皆、様々な利益を得たのです。


 又、大善利を獲た妙光は、心が清浄になり穢れが消滅し、五神通を得ました。
 この時、金剛手菩薩は、仏に聞いた
 「奇なることです、妙なることです、法篋印塔のことを少し聞いただけでも、こんなにも利益・功徳が与わるのですね。
ならば、この法篋印塔に、信心を至心から起こし尊い法篋印陀羅尼を読誦すれば どれほどの功徳や霊験が与わるのでございますか?
世尊が告げ給う

  「金剛手菩薩よ、諦(あきら)かに聞きなさい 若し、後世にて、仏の道を信ずる善男子・善女人・比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷 達が、
この法篋印陀羅尼経を書写したならば、 九十九百千倶胝如胡麻如来つまり、無量・一切の如来が所説の一切経典を書写したことと同じなのである。
九十九百千倶胝如胡麻如来、つまり、無量・一切の如来の前にて、善根を植えたことなのです。」
すると、一切の如来は、この衆生を加持、護念し給うのである。
若し、衆生が法篋印陀羅尼経を読誦したならば、それは、過去の一切の諸仏所説の経典を、読誦したことと同じ大善利である。
故に、無量・一切如来は、昼も夜も、この衆生を加持し愛護し給うのである。
又、香華や、妙なる法具を、この経に捧げ供養することは、一切如来の前に、天華「七宝」を山積みし、修善したことになるのである。
 つまり、大善行である故、大善利が授かる行為なのである」。
                                        
その時 世尊の法話を聞いた天龍・八部衆の人非人等は皆、互いに喋り合った。
古く土砂に埋もれ朽ちた塔でも、こんなにも、奇特な威徳があることを、私たちは学びました。
 そして、目の前で起きた大光明と大日如来の声は、如来の神力によることと、理解いたしました。
 彼らは、自分の現前で起きた貴重な体験を、心に固く決意したのでした。

次に、金剛手菩薩が、仏に聞きます。
「如来、一切如来の尊い七宝の塔が、土砂に埋もれているのはなぜですか? どんな因縁
によるのですか?。」
世尊は 
「金剛手よ、これは土砂の塊ではない。 殊妙なる七宝から成る、一切如来の大宝塔なのである。  だが、衆生の目には 本来の実相の姿・七宝の相・が見えないのは、衆生の 諸々の業果・ごうか・が尽きていないからである。
つまり、衆生の業障によるのである。
業障尽たなき衆生には、宝塔が崩れ朽ちて見えるだろうが、如来の全身舎利は、崩れ朽ちてはいない。
如来の全身舎利は、金剛(ダイヤモンド)の身である故、壊れることは、けっして無いのです。
  私の滅後、末法の『五百歳の時代』の時代には、 三宝(仏・法・僧)に背を向け、非行の限りを尽くす衆生が増えるであろう。
 善根を植えず地獄に堕ちる衆生が増えるであろう。
 仏法の信心を捨てた多くの衆生は、自からの業により苦悩することであろう。
そんな末法の時代にも、金剛身・一切如来の宝篋印塔は、神力に加持されるが故に、豪末も滅せず堅固のままである。
だが、末法の世の無智の衆生は、惑いに覆われている故、如 来の宝塔が埋もれ朽ちるにも、無関心のままであろう。 無智の衆生は、一切如来の全身舎利である宝篋印塔を祭ることを知るまい。
  まことに、 浅ましき極みである。 今、我の落涙も、諸仏如来が共に流した落涙も、すべて、未来世の無智の衆生を、憐れむが故なのである。 」

つづけて仏は、教え説く
 「衆生あって、本経を書写し塔中に安置するならば、塔は即、一切如来の金剛身の宿り給う卒塔婆・(尊貴なる霊廟)となる。
無量の如来の卒塔婆であり、一切如来の仏頂であり、仏眼の象徴である、故、一切如来の 神力に護持される。
若し、法篋印陀羅尼を 塔内に安置するならば、その塔がたとえ木や 石や土で造られていようとも、忽、七宝塔と変じて、
その霊験はその衆生(行者)に応じた願いを叶え 衆生の心を満たすことであろう。
塔の傘や蓋、鈴、階(きざはし)、台座 が、仮りに、木・土・石・瓦であろうとも、陀 羅尼経の威力により、七宝塔と変じるのである。
なぜなら、一切如来は、仏の威神力をこの経典に与え、不断に加持し給うからである。
この七宝塔に向かい一香一華にあれ供養し礼拝する衆生あれば、その衆生の過去世、八十 億劫(こう)の罪業は一時に消滅し現世にては災殃(さいおう=災難)を免れ、 来世にては仏家に生誕するであろう。
   1劫は人間時間で10万年 ー  又、来世にて無間地獄に堕ちる身の悪人であろうとも、現世にて、この七宝塔に向かい 一度礼拝しておくならば、やがて往き向かう地獄の門は開かずに、菩提(極楽) への道に導かれるであろう。
無量・一切如来の神力は、この宝塔のありかを護持し給うから、塔は風雨の難受けず、毒 蛇害虫を寄せ付けない。
又、この宝塔を礼拝する善男子の修行者は、あらゆる悩病諸病の四苦を受けることは無い。
たとえ一時にもせよ、この宝塔を礼拝した衆生は、一切の災難から免れるのである。 この宝塔を礼拝するならば、その衆生は、事故や災難で死んだり、早死にすること無いのである。
又、危害の難から逃れ、強盗などの侵略にも会わず、飢餓貧窮に陥ることも無いであろう。
これは、一切の如来・諸天・善神が、昼夜・三時に来下して、この宝塔を護念しておられるからである。 この七宝塔の四方は、如来の形相である。 つまり、その四方には、如来がおられるのである。  宝篋印塔とは、如来の金剛・全身舎利の妙宝蔵の宝塔のことである。」

金剛手菩薩が、仏の前にすすみ申した
「世尊、我らを憐み、ぜひ、最尊の宝篋印陀羅尼を説き教えてください、大衆は皆、望んでおります。」
 
仏の宣く、
「金剛手菩薩よ、諦かに聞きなさい。深く思念して忘失するなかれ。 
過去・現在・未来・の一切如来の分身の光臨、過去・現在・未来・の無量・一切如来の全身舎利、皆、この法篋印陀羅尼に在中されておるのです」。
  

そして、世尊は陀羅尼を説き給われた。

 法篋印陀羅尼
ノウマク シッチリヤ ジビキャナン。
サラバ タタギャタナン
オン ボビバンバダバリ
バシャリ バシャタイ
ソロソロ ダラダラ
サラバタタギャタ ダドダリ ハンドマ バンバチ
ジャヤバリ ボダリ
サンマラタタギャタ タラマシャキャラ
ハラバリタナウ バザラ ボウジマンダ
リョウギャラ リョウギリティ
サラバ タタギャタ ジュシチテイ
ボウダヤ ボウダヤ ボウジ ボウジ
ボウジャ ボウジャ
サンボウダニ サンボウダヤ
シャラシャラ シャラント
サラバ バダニダ
サラバ ハンダビギャティ コロコロ
サラバ シュキャビギャティ
サラバ タタギャタ キリダヤ バザラニ
サンバラ サンバラ
サラバ タタギャタ グクヤ ダランジ ボ
ジリボディソボディ サラバ タタギャタ
ジュシュチタ ダドギャラベイ ソワカ
サンマヤ ジシュティテイ ソワカ
サラバタタギャタ キリダヤ ダドボダリ ソワカ
ソハラ チシュチタサトベイ タタギャタ
ジシユチティ コロコロ ウンウン ソワカ
オンサラバタタギャタ ウシュニシャ タドボダラ二
サラバタタギャタ コロコロ ウンウン ソワカ
オン サラバタタギャタ ウシュニシャ ダドボダラニ
サラバタタギャタン サダト
ビボシタジシュチテイ ウンウン ソワカ

三世一切の如来に礼したてまつる
おお、大地所住の最勝尊よ。
一切の如来舎利を持する尊よ。
能弁説法尊よ。説法して(苦を)
除きたまえ。除きたまえ。受持したまえ。受持したまえ。
彼は、蓮華あり。魔怨摧伏の最勝尊よ。
印契よ。(我等衆生を)心にとどめたまえ。
一切如来の金剛不壊の転法輪尊よ。
菩提道場荘厳に厳飾されたる尊よ。
一切の如来の加持尊よ。
菩提を各自に覚らしめたまえ。
みそなわしたまえ。
承引したまえ。正等覚を覚らしめたまえ。
消滅に消滅させたまえ。
一切の悪業を離脱する尊よ。
絶滅に絶滅せよ。
一切の憂苦を離脱する尊よ。
一切の如来の金剛心要尊よ。
普集せよ。普集せよ。
一切の如来の心要を受持する尊よ。
印契・仏智・妙仏智よ。
一切の障害を。
一切の如来の加持の舎利胎蔵尊よ。 成就あれかし。
三昧耶に加持されし尊よ。 成就あれかし。
一切の如来の心要舎利の印契よ。成就あれかし。
美しく建立されたる塔よ。
如来の加持せられたものよ。
抜済したまえ。円満したまえ。 成就あれかし。
おお、一切如来仏頂たる舎利印契よ。
一切如来と舎利によって荘厳され
加持せられたる尊よ。
円満したまえ。円満したまえ。 成就あれかし。

 

 世尊が、この神咒(じんじゆ)(法篋印陀羅尼経)を、説き己り給うと、一切の諸仏如
来は、地中より讃嘆の声を発した。
「善哉・善哉。 釈迦牟尼世尊が今、この法篋印陀羅尼の深法を説き給もうたのは、 五濁の悪世に生まれ、依る所なく頼む所なき衆生を憐れむ故である。
この深法の法要(真髄)は、久しく世間に住し、衆生を利益し、安穏快楽ならしむること、 広大無辺であろう」。

その時、仏は、金剛手菩薩・及び大衆に向かいて告げ給う

 「汝らよ、諦・あきら・かに聞きなさい。 この法篋印陀羅尼の深法は、神力 極まりな
く、利益は無辺なり。 譬えば、幡の上なる如意宝殊が、常に高貴な宝を降りゆらかして、
行者の一切の願を、満たすが如くであろう。  我(世尊)、今、略して、その霊験の萬分の一を説きましょう。 汝ら、宜しく憶(おもい)を持て、世のすべての人々を利益するがよい。
 若し、末法の世の悪人が死して やがて地獄へ堕ち苦を受くる時に、この悪人の子孫た
ちが亡者の名を称えて、この法篋印陀羅尼の経を、僅か七遍誦するに到らば、亡者の沈む
熱鉄の地獄は忽ち変じ、八つの功徳の池となる。 その亡者は、如来の神力により、即座に、極楽世界に上生することであろう。 又、百病の身なる衆生あって、苦痛心魂に迫るとき、この法篋印陀羅尼の深法を、二十一遍・誦するならば、 百病萬悩は、一時に消滅し、寿命延長し、福徳は尽きることは無いのである。
 又、衆生あって、前生が慳貪なりし故、現生にて、貧窮な家に生まれ、身を隠し包む衣もなく、命をつなぐ食にも事欠き、痩せ衰え、世の人々に嫌われ賤しめられている衆生が、自分の身の宿業を深く懺悔して、深山に入りて、主なき山の花を折り、朽木を粉にして焼香に代え、この法篋印塔の前に来りて礼拝供養し、塔を七遍巡り、涙を流し懺悔するならば、七宝は雨の如く降り注ぎ、貧窮は瞬時に消滅し、忽ち富貴に至る。 つまり、富貴財福の衆生と成るであろう。  だが、富貴財福を得た衆生は、次のことをシッカリと心に銘記しなければならない。 貧窮を消滅し富貴な身分を得た衆生は、一切如来のご加護に恵まれた衆生である故に、 今後は、益々三宝に供養し、一切如来から仰せつかった貧人に施しを与える役務を、実行 することである。 だが、然らず、その天命を忘れ自我のみに心が没頭し、惜しみ蓄える 衆生は、その財宝は瞬時に滅することになる。  よく、心に銘記することである。 衆生あって、善根を植える目的でその身分に随い、石や泥や瓦の類であっても、自分の力の及ぶ程度に応じて、譬えば、高き梅の実三十三寸にもせよ、如法・法篋印塔を造り、神咒・陀羅尼経を書写し塔中に安置し、礼拝恭敬するならば、 その咒力と信心の故、その法塔の中よりして大香気、雲の如き光明を放ちて、法界に周遍することであろう。
その馥郁として、現生も光輝くことになるのである。 結果、仏事円成の功徳として、その衆生の願いは、すべて叶い満たされることであろう。 又、野鳥や走獣や虫類など、諸々の生類が来りて、それが少時にても、この法塔の影を受けたならば、さらに、この法塔の周りの道場の草土を踏むならば、それら有情の者は、勝 縁に恵まれて、罪業ことごとく消滅し、有情の求める意に随い、現生は安穏を、後生では、 極楽の浄土に生まれ換わるであろう。 我が滅後に、仏法を学び行を実践し慈悲心を生じ、苦界の有情を救わんがため、至心に発 願する弟子あって、 この法塔の前にて、香(こう)華(げ)を以って供養し、法篋印陀羅尼を念誦せば、 文々句々一字一字が光明を放ち、現生と来生の二途を照らすことであろう。
故に、苦具皆、微塵に砕けて、忽ちに苦患をまぬがれ、仏種の芽を生じることで あろう。 その衆生は、果報の意に従いて十方の浄土に往生するであろう。
衆生ありて、高山の峰に登り四方を拝みつつ、法篋印陀羅尼を誦せば、その衆生の眼力が
及ぶ遠近の世界、つまり、山谷林野、江湖河海の中に生くるもの、鳥類畜類、魚類甲類、 微細の菌類、諸々の生類、皆、断心に惑障を歳破し、無明を悟り、本有の仏性を顕現するであろう。 つまり、それぞれの意によりて、大涅槃のうちに、安所することであろう。 」
最後に、仏は金剛菩薩に告ぐ
 「今、この秘密の神咒・法篋印陀羅尼を、汝じ等一同に附嘱する。 厳かに尊重し護持し、
世間に流布し、後代・末法の世の衆生に伝えて、必ず、断絶せしむることなかれ。 」

金剛菩薩、仏に申しあげる
 「我今、世尊の附嘱を 確かに蒙りました。 大きな光栄でございます。 唯、我願うは、世尊の深重の恩徳に報い奉らんがため、この尊い法篋印陀羅尼を昼夜に護持し、 
一切世間に広宣流布することを誓い奉ります。 若し、末法の世の衆生が、この法 篋印陀羅尼を書写し護持し、憶念して絶えざるならば、 帝釈天・梵天は、四天王・龍神・八部衆を指揮し、昼夜にその衆生を守護し、暫くも捨離することは、ございませぬ。 」

爾時・その時、世尊はこの法篋印陀羅尼を説いて、広く仏事を作し給われました。
その後、大善利妙光の家に往き、諸々の供養を受けました。
爾時、大福利を獲た、天・大衆・比丘・比丘尼、天龍・夜叉、人(にん)非(ぴ)人(にん)等、 皆、大歓喜でありました。
彼ら皆、この法篋印塔、法篋印陀羅尼を信受し奉ることを、固く決意いたしました。
そののち 世尊は 大本おおもとの住所に還り給わました。
一切如来心秘密全身舎利法篋印陀羅尼経



※ 世尊の落涙が表現されているのは、数ある経典中で、この一文だけ だそうな。


要約
 経中に説く陀羅尼の功徳には、無窮にして利益無辺。
 一切願を満たす。
 貧窮のため服なく、食なく、命を続けられざるも、貧窮の報を滅し、富貴忽ちに至る。
 百病万病一時に消滅して寿命延長し、福徳無尽。
 悪人死して地獄に堕ちても苦を受くることなく極楽に至る。


オン サンボラ サンボラ ヒマナサジュウ マハゾアイ ウン
オン シマラ シマラ ヒマナガジュウ マハゾアイ ウン



塔の山は前方後円墳?
塔ノ越の丘が前方後円墳であったかも、
航空写真左下の「馬塚」と云われた正方形に見える自動車関連の会社や食堂のあるあたりにあった丘には曽ては街道沿いにかなり大きな石碑のような石が置かれてあったという。古代史に関わる場所だった可能性もある。
塔ノ越山だと南西側括れ部斜面の一部、馬塚だと北東角付近が比較的に保存さてれいる。グーグルアース、ストリートビューなどで現在の雰囲気は判る
庄内の古墳時代の古墳は菱津の石棺が有名だが他には小さいのが数件あるのみで墳丘が120mの前方後円墳は県内でも見当たらない。本当だとすればスゴイ。